
十八歳の頃
典拠 「源氏物語」若紫巻

「藤壷の宮 なやみたまふことありて まかでたまへり…
かかるをりだにと心もあくがれまどひて
いづくにもいづくにもまうでたまず
内裏にても里にても 昼はつれづれとながめ暮らして
暮るれば王命婦(おうのみょうぶ)を責め歩きたまふ…」
詳伝社 林望著「謹訳源氏物語」抜粋引用
訳:藤壷の女御は病気のために、宮中から退出して里下がりをしていた。…
しかしながら、せめてこういう時にでも、
あの藤壷の御方に逢いたいと、心も上の空になって
どの女のところへも出かけずにいる。
そうして、内裏にいるときも、また二条の邸にいるときも、
昼はただぼんやりと物思いに耽ってすごし
日が暮れると藤壷の近侍の女房、王命婦のところへやってきては
なんとかしてほしいと、手引きをせがむのであった。…
詳伝社 林望著「謹訳源氏物語」抜粋引用
絵は
昼も夜もひたすら藤壷を想う、茫然自失の源氏君
この時、源氏君十八歳
そして、ある夜突然に、王命婦の手引きによるものか
藤壷の寝所に侵入して想いを遂げる。
* * *
万樹の「若紫巻」もの想い
「源氏物語」は
「桐壷」から始まり「夢浮端」で終わる、54帖に及ぶ長大な物語です。
「桐壷」「帚木」「空蝉」「夕顔」と読み進みますと
次が「若紫」。
あれ、物語の順番間違ってない?
「夕顔」の大人びた源氏君はどこへいった?
夕顔の突然の死に遭い落ち込んで
人柄まで変わったのか…
「桐壷」巻から計算すると、「夕顔」の源氏君の年齢はおよそ17歳
それから一冬越しているので、「若紫」の源氏君は18歳です。
物語の筋もつじつまが合っている。
が、「若紫」の源氏君は 妙に少年っぽく、「夕顔」巻の君が若返ったように感じられるのは、何故でしょうか。
「若紫」の源氏君をどんな風に描いけばいいの?
「夕顔」の絵と並べる場合、困る…
ふと、疑問が湧いてきます。
紫式部は、「源氏物語」のどこから書き始めたのか?
「源氏物語」の各巻の成立順については、論議がいろいろあるようですが
それは、学者諸氏にお任せするとして
絵描きとしての直観的な私見を
少し言わせてもらいます。
「若紫」を読み始めると
「伊勢物語」の冒頭の匂いを感じます。
初冠(ういこうぶり)
むかし 男 初冠して 奈良の京春日の里に
しるよしして 狩にいにけり
その里に いとなまめいたる女はらからすみにけり
この男かいまみてけり
思ほえず ふる里にいとはしたなくてありければ 心地まどひにけり
男の着たりける狩衣の裾をきりて 歌を書きてやる
その男信夫摺(しのぶずり)の狩衣をなむ着たりける
訳:初冠(元服した男子)
昔、ある男が、元服をして、奈良の京の春日の里に、
所領の縁があって、鷹狩に行った。
たいそう優美な姉妹が住んでいた。
この男は物の隙間からふたりの姿を見てしまった。
この旧い都に、ひどく不似合な様で美女たちがいたものだから、
心が動揺してしまった。
男は 着ていた狩衣の裾を切って それに歌を書いて贈る。
その男は 信夫摺の狩衣を着ていたのであった。
春日野の わかむらさきのすりごろも しのぶの乱れ かぎりしられず
訳:春日野の若い紫草のように
美しいあなたがたにお逢いして
私の心は
この紫の信夫摺の模様さながらに
かぎりもなく乱れ乱れております
となむおひつきていひやりける ついでおもしろきことともや思いひけむ…
訳:と、すぐに詠んでやったのだった。
こういう折にふれて歌を思いつき、
女に贈るなりゆきが愉快なこととも思ったのだろう…
小学館 日本古典文学全集12 「伊勢物語」引用
「伊勢物語」の初段は
みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに 乱れそめにし われならなくに
「古今集」恋四 河原左大臣(源融)
の歌を引いて書かれたものです。
河原左大臣は源氏君のモデルとも云われる
紫式部は
藤原道長の娘彰子に仕える前に
すでに「源氏物語」の何巻か書いていたと伝えられています。
「若紫」の初稿は
源氏君というより
在原業平に近いような男が主人公だったのではないか…
紫式部は
彰子に仕えて最高級の貴族の男たちを知ることになり
主人公光源氏を新たに想起した…のではと思えるのです。
「若紫」の書き出しと「夕顔」巻の違和感は
主人公の設定を覆したことに因るのではないかと思っているのですが…。
この感じ方、突飛過ぎますか?
8月25日深夜
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