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明治半ば頃から第二次世界大戦終戦前までは、「皇統に対する冒涜だ」「不道徳だ」などという理由で、源氏物語排斥の動きが高まっていました。その状態が解かれたのは、戦後のことです。出版も自由化され、この作品が第二次世界大戦以前とは比べものにならないほど多くの人の目に触れるようになりました。ようやく、何ものにも束縛されることなく、誰もが「源氏物語」を多彩な視点で、自由に読める時代になったというわけです。
 ひょっとしたら紫式部は、このような時がいつか来ることを切望しながら、長大な物語を書き続けていたのかも知れません。


「蛍」の巻で、紫式部は次のように言っています。
「人の身の上を、全て、ありのままに物語に書き綴るつもりはありません。
けれど、良いことも悪いことも、ただ見ているだけでは物足らない気がしますし、聞いたことをそのまま聞き流すこともとてもできません。後世に語り伝えたいと思うことが、いろいろあるのです。
そうした事柄のひとつひとつを、心の内にしまっておくことができず、書き記したのが物語の始まりです…」と。

 私は同性として、このような作家が千年前の日本に存在していたことに驚嘆し、また、誇りに思っています。
 このような物語を著した紫式部の真意にできるだけ近付くために、物語を繰り返し読み、次の世代へ伝えたいと考えております。
 源氏絵を描き続けているのも、そのためのひとつの行為なのでございます。

2014年5月10日記